ー!Trick or Treat!」
「にぎゃぁぁああああああああああああ!出たああぁああ!!」
「はははは!お前ホント怖いの駄目だよなぁ。脅かし甲斐があるぜ」
「たっ、楽しむな!ばかぁぁぁ!」

10月31日。ハロウィンの本場の体現である彼は、毎年この日になると私を脅かしに来る。
幽霊の苦手な彼女を怖がらせて喜ぶとか、どこが紳士なんだ。しかも私が怖くて用意したお菓子をなかなか渡せないのをいいことに、しっかりいたずらもしていくから始末に負えない。…これはもう紳士じゃないな。海賊だ。

だけど今年はそうはいかない。今年は…私がアーサーを驚かせてやる!



逆襲のハロウィン



…とは言ったものの、元々オカルト系は苦手でよく知らない私。オカルトマニア(?)なアーサーをぎゃふんと言わせるには、一人では心許ない。

「うーん、どうしようかな……」

今日は菊さんの付き添いでアルフレッドさんの家に来ている。会議中は私のすることはないので、休憩室で紅茶を飲みながらそんなことをぼんやり考えているとガチャリと扉が開く音がした。

「おや、。難しい顔をしてどうしました?」
「悩み事かい?だったらヒーローの俺に相談すればいいんだぞ!」
聞きなれた声に顔を上げると、会議が始まる前より少し疲れた顔をしている2人が部屋に入ってきたところだった。まだ会議が終わる時間ではないのに…何かあったのだろうか。私は慌てて立ち上がった。
「菊さん!アルフレッドさん!まだ会議中のはずじゃ…?」
「議題が詰まったので休憩ですよ。…定時には終わらないと思うのでスケジュールの調整、お願いできますか?」
「あ、はい。わかりました。じゃあ…この後視察に行くところにも連絡しないといけませんね…どれくらい延びそうですか?」
「そうですね――」
「あー菊、その話題は今はいいよ。それより、さっきは何を考え込んでいたんだい?」
私と菊さんの仕事の話に、今は聞きたくないとばかりにアルフレッドさんは眉を寄せる。話題転換のために、先程の話を持ち出して二人が飲むためのコーヒーと日本茶を用意していた私の顔を覗き込んできた。
自分の色恋話を他人に話すのは苦手な私は(だって恥ずかしいでしょ!)う、と言葉に詰まった。

「で、でも…悩みといってもそんな大したことではないですし…」
「俺にとっては大したことあるかもしれないじゃないか!」
「いやいや!ないですから!ほんとにしょーもないことなんで…はい、コーヒーで来ましたよ。菊さんもお茶どうぞ」
「ありがとうございます。頂きますね」
「Booo,つまんないんだぞ…」
「恥ずかしがらずに言って御覧なさい。カークランドさんと何かあったのでしょう?」
「何かあったという訳ではないんですけど…っていうか、なんでアーサー絡みってわかったんですか…!?」
出来上がった飲み物をそれぞれ二人に渡し、茶菓子を持ってこようとしたときに菊さんが核心をついた言い方をしてきたので私は思わず持っていた茶菓子を取り落としそうになった。
「貴女の表情と動作を見ればわかります。私を誰だと思ってるんです?」
「そうでした、私の祖国様でした。私の心情なんてお見通しという訳ですね…」
「そういうことです」
「君の話なら、例えアーサー絡みでも頭が痛くなるような会議の話よりは断然マシさ!さぁ、聞かせてくれよ!」
「…わかりました。えっと…ですね―――」
茶菓子にかじりつきながら早く早くと催促するアルフレッドさんに私はくすりと笑うと、最早私達の間で恒例となっているハロウィンの様子を話した。


「まったくアーサーはにも毎年そんなことをしてるのか!…昔は朝一だったのに夕方か夜に来るようになったのはそのせいだな!一回くたばればいいんだぞ!」
話を聞き終えたアルフレッドさんは開口一番、拳をわなわなさせてそう言った。そんな彼を見ていてふと思い出した。以前菊さんに聞いたハロウィンの話。
「あ、そういえば…以前お二人はハロウィンにアーサーを返り討ちにしたことがあるって言ってましたよね?」
「ああ、そんなこともありましたねぇ」
私の問いに、ずずっと日本独特の飲み方でお茶をすすった菊さんが答える。…言い方も仕草もすごくじじくさいですよ、菊さん。
って、今はそんなことを考えている場合ではない。頼むなら今しかない!
意を決して私は二人に頭を下げた。
「…あの、そんなお二人を見込んでお願いがあるんです!」

***

ハロウィン当日の早朝。
アーサーが私の家に来るのは時差の関係でアルフレッドさんとひと勝負する前だ。今回の私の計画はアーサーにはばれていないはずだから、アーサーが来る時間はいつも通りの午前中のはず。それまでに、しっかり準備しなくては。
今私は海外赴任中の両親から預かった日本家屋で一人暮らしをしている。一人で住むには広すぎる家だが、味方の人数が多い今回の作戦には絶好の場所だ。
昨日のうちに菊さんが仕掛けてくれた覗き見用のカメラとモニターのチェックをしていると、本日一人目の来訪者がやってきた。

「Good morning、!約束のものができたから持ってきたんだぞ!」
「ありがとうございます!どうぞ上がってください」
大きな荷物を軽々と持って玄関に立つアルフレッドさんを室内に招き入れる。
厳重な包装紙を開けて、私は思わず感嘆の声を上げた。
中に入っていたのは私がよく着ている着物を着た私そっくりな人形。かなり精巧に作られているようで、目を閉じて横たわるその姿は眠っているように見える。
「これは……すごい!」
「当然さ!ハリウッドの最新技術と菊の腕を駆使したんだからね!」
「そ、それって…すごくお金かかってますよね…?」
恐る恐る聞く私に、にんまりと営業用のスマイルをしたアルフレッドさんは私の耳元でこっそりと金額を囁く。あまりの金額にぎょっとした。
「ご…っ!?わわわ私そんなお金持ってません!」
「大丈夫だぞ、これは俺とアーサーの『勝負』も含まれてるから、俺と菊(4:6)で払ってあるんだ。だからは何の心配もいらないんだぞ!」
「わぁぁああ菊さんごめんなさい……!!」
思わず顔を両手で覆う。ああああこんな愚民のしょーもないお願いのために菊さんにお金を使わせるなんて、申し訳なさすぎる…っ

丁度その時ごめんくださーい、と玄関から菊さんの声が聞こえた。私は玄関へと走り勢いよく戸を引いた。
「おはようございま…」
「菊さぁぁぁああんん!!せ、せめて半分!半分は私が払いますからぁぁああ」
「ど、どうしたのです!」
「Hallo菊!アレの値段を教えたらこうなっちゃったんだぞ!」
「ああ、なるほど…、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。あそこまで拘ったのは私ですから」
「でも…それじゃあ私の気が収まりません!」
「そうですか…では、2割だけ負担していただけますか?それだけで十分ですよ」
「うぅ…はい…」
そんなこんなで菊さんも合流し、人形を所定の場所に設置してあとはアーサーを待つばかりとなった。

***

鍵のかかった戸がかしゃんと小さく音を立て、音もなく開いた。
音をたてないように私の家の鍵を仕舞ったアーサーの姿は、スーツの上にマントをはおった姿だ。因みに表情はおどろおどろしい顔の仮面をつけているのでわからない。

靴を脱いでアーサーは居間へと続く廊下を歩く。居間の手前、曲がり角を曲がった先に彼女は背を向けて立っていた。

ー!Trick or Treat!」
彼女の背後からアーサーがお馴染のセリフを叫が、彼女は何も反応しない。

「………。」
「…あれ?驚かないのか?」
意外そうに、そして不服そうに言葉を漏らしたアーサーはそれなら、と手を伸ばす。

「ほら、こっち向け――」
アーサーの手が彼女の肩に触れた。かちり、とボタンを押したような音がする。
その直後。

ぐるんと首が人間ではありえない真後ろまで回り、ずるずると首が伸びていく。目を瞑っていたはずの人形の目は大きく見開かれ、口は裂けて何とも不気味な顔になっていた。

「っ!?うわあぁぁあああああああああああああああ!!?」

当然の如く上がったアーサーの悲鳴が家じゅうに木霊した。
あれは日本のお化け屋敷にはよくいる「ろくろくび」と言われるものだろうか。
自分とそっくりな顔なだけに、怖さが助長している気がする。

「Yeah!記念すべき2勝目だぞ――!!」
モニターを設置した客間で一部始終を見ていたアルフレッドさんが楽しそうにガッツポーズをしている。私も当初の目的が達成できて嬉しいはずなのだが…それとは別の感情で埋め尽くされていた。
「きっ菊兄…!くびがのびたよ!?しかも顔超怖い!!」
「そりゃ怖くなるように造りましたからね。それより、言葉づかいが昔に戻ってますよ?私はそちらの呼び方のほうが好きなので構いませんけど」
モニターごしに見ている私ですら怖い。菊さんの袖にひっついてもう画面を直視できなくなっていた。
菊さんはおかしそうにくすくす笑って何か言っているけど、それに答える余裕もない。


「どどどどどど、どうしたんだ!?最近なかなか会えなかったから怒ってんのか!?それとも、誰かの呪いにでもかかったのか!?」

驚いた拍子に仮面が外れて見えた顔は真っ赤になっていて、見開かれた翡翠の瞳は若干涙ぐんでいる。
精巧に作られた人形でも非常識極まりないこの展開ならばアーサーも気付くだろうと思っていたが、混乱のせいか全く気付いていないようだ。

「な、何か言ってくれよ、……っ!!」
恐怖と不安に支配されたこんなに余裕のないアーサーを見るのは初めてだ。
…なんだかここまでくると可哀そうになってきた。

「DDDDD!こんなに驚いてるアーサーは久しぶりに見たよ!やっぱりジャパニーズホラーは最高だよ!!」
「それはどうもありがとうございます」
隣でアルフレッドさんと菊さんが握手をしていたが、私の視線はモニターのアーサーから離れなかった。
「…………。」
思い出すのは、いつものハロウィンの後のこと。


『あ。』
『な、なに!?ちょ、何もないとこ凝視するのやめてよ怖すぎるよおおお!妖精さんなの?幽霊なの?どっちなのアーサァァァア!!』
『んなビビんなって。ちょっとこの家を通り道にしてるだけだ。悪さはしねぇよ』
『……ねぇアーサー。私、一人暮らしなんだけど。』
『知ってる。なんだよ、本田の口癖の真似か?』
『家に幽霊がうろうろしてるって聞かされた私はアーサーいない時どうしたらいいの』
『…っ!!おま……それ、反則………』
『それだけ私には切実な問題なのですよ』
『…そうだな、怖くてどうしようもなくなったら俺に電話しろ。そしたら飯食ってようが寝てようが会議中だろうが出てやるよ。か、勘違いするなよ!お前のためじゃなくて俺のためだからな!』
『何故そこでツンデレ…心遣いは嬉しいけど…会議中はまずいと思うよ…』

思えば、散々私を怖がらせた後のアーサーは普段以上に優しかった。
これを毎日やられたら私は駄目人間になるのではないかというくらい、彼は私をべたべたに甘やかすのだ。
始終周りの音にびくびくしてアーサーの腕にしがみついて離れない私に「しょうがねぇ奴だな」と言いながら笑って頭を撫でて、心から安らげるキスをくれる。
眠るときもいつものエロ大使はなりを潜めて、私が怖がらないように抱きしめたまま眠ってくれる。
こうなる元凶は彼自身なのだが、幽霊の見える彼の傍なら安全だという安心感と結局のところ惚れた弱みがあるから、こうして構ってもらえるのが嬉しいのだ。

「…っ」
「あれ。、もう行っちゃうのかい?」
立ち上がり、廊下へ向かおうとする私をアルフレッドさんが呼びとめた。
「…もう充分でしょう?いいですよね、菊さん?」
「ええ、いってらっしゃい。もう一度別の意味で驚かせてあげてください」
「はい!行ってきます!」
菊さんに背中を押され、私は外していた帽子をかぶって廊下へ走った。

「アーサーっ!ごめん、ごめんね…!」
客間から飛び出し居間を通って廊下へ出た私は、人形の間をすり抜けてアーサーに抱きついた。
「!?え…が二人…っ!?っつーかなんだその格好!!」
驚きのあまり顔を真っ赤にして口をパクパクさせているアーサーに、私はいたずらっぽく笑ってスカートの端をつまんだ。
「あ…これ?菊さんとアルフレッドさんが協力する代わりにこれを着ろって」
今の私の服装は真黒なとんがり帽子と真黒なワンピース。赤いリボンで髪を結んで、片手にラジオと黒猫のオプション付きの箒。『魔●宅』のキキの服を少しアレンジした魔女の格好なのだ。
「本田とアルに…協力、だって…!?じゃあ、こっちのは…!」

「お察しの通り。貴方が驚かせようとしていたは私達が作った偽物ですよ」
「やぁ、アーサー!今年のハロウィンは俺の勝ちだな!」
アーサーの問いに答えたのは客間から廊下へ出てきた菊さんだ。後からアルフレッドさんも続く。
「あっな…!お、お前らいつから…!?」
「いつからも何も、最初からずーっといたんだぞ!」
「はぁぁぁあああ!?」
「そういうこと。…という訳で、Trick or Treat!」
アーサーの前に笑顔で手を出す私。
そんな私を見て、大体の事態が呑み込めた様子のアーサーはまだ涙の残る赤い顔で叫んだ。
「〜〜〜〜〜っ死ぬほどびっくりしたじゃねぇか馬鹿ぁ!…まだブラギンスキに出迎えられたほうがマシだったぜ…」
「うん………やりすぎたなぁって反省してる……」
菊さんとアルフレッドさんが撤収作業を始めている人形を振り返ってちらりと見る。……やっぱり怖い!!!
顔を元に戻して目の前にあったアーサーの服をぎゅっと掴む。掴んだ手の上にアーサーの大きな手が添えられて、「なぁ、」と名前を呼ばれたので顔を上げる。

「お前、今日はずっとその格好な」
「え?そんなに気に入ったの?」
「べ、別にそんなんじゃねぇよ…俺に恥をかかせた罰だ罰!」
「えーでもこの格好薄着だから風邪ひきそ…って何してるの?」
言い終わる前にアーサーは羽織っていたマントを脱いで私の肩に掛けた。
前留めのリボンを結びながらアーサーが呟く。
「何って…見ればわかるだろ。貸してやるからそのまま着てろ」
「…しょうがないなぁ。今年のハロウィンはいつもと逆でやってあげるよ」
「………いいのか?」
「何そのによによ顔……!言っとくけど限度はあるよ!?紳士的な対応でお願いします!」
「んー、どうすっかなぁ。最近忙しくて久しぶりだしなぁ?」
「や…ヤル気だこの鬼畜変態エロヤンキー……!!あんまりひどいようなら菊さんにSOS出すからね!」
「うわ、それはやめろ!本田に言ったら俺確実に半殺しにされるだろ!!」
「私がどうかしましたか?」
背後から突然菊さんの声が聞こえてアーサーは慌てて振り向いた。会話の内容が内容なだけに、だらだらと冷や汗をかいている。
「うお!?本田!?こ、これはだな…」
「大丈夫ですよ。貴方はに甘いですから、それほど無理なんてさせないでしょう?それより、片づけは終わりましたので居間に移動しましょうか。」
「う…そ、そうだな……」
図星をつかれたのか釘を刺されたのかは私にはわからないが、菊さんの後に続くアーサーの顔は気まずそうだ。
「あー楽しいハロウィンだった!〜おなか減ったんだぞー!」
「あ、はーい!すぐにお茶の準備するので座って待っててください!」

手伝ってもらった菊さんとアルフレッドさんも一緒に私が作ったお菓子を食べて、その後は立場が逆なだけのいつもとあまり変わらないハロウィンの夜を過ごしました。




*あとがき*
どーしてもやりたかった、ヘタリアでハロウィンネタ。アルの1勝目は本家様のあれです。
日米英が好きすぎてこんな内容になりましたが…アーサー相手のはずが、祖国様が男前すぎて霞んじゃってる気がするのは気のせいか……?笑不憫なアーサーも好きです(だまれ
あ、時差はあまり深く考えてないので軽く流してください。1日でイギリス→日本→アメリカは無理だと思われます…ほあた☆な魔法を使ってたんです、きっと。
(09.10.31)

おまけ
英「それにしても…あの人形特注だろ…?俺一人驚かせるためにやりすぎじゃないか?」
日「滅多に甘えてくれない可愛いのお願いでしたから。叶えたいと思うのは至極当然じゃないですか」
英「…お前も相当な国民馬鹿だよな……」
日「なんとでも。それよりも、どうですか?私の見立てた魔女は。カークランドさんの好みに合わせて正統派にしてみたのですが。」
英「……すげぇ可愛い。」
日「それはよかった」