[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
冬の訪れを感じるダリルシェイド。
広葉樹は葉を落とし、ファンダリアから渡り鳥が冬を越すために訪れる。もう直ぐ雪も降るだろう。
その郊外にある住宅街。手入れはされているようだが表通りと比べれば簡素な通りをエミリオは歩いていた。
一般大衆と呼ばる階級の人々が暮らすこの場所は、城を行き来する客員剣士であるエミリオとは無縁の場所であったが、彼は迷いなく住宅街の隅にぽつんと建っている薬屋の扉を開けた。
カラン、と扉に付けられた来客を知らせるベルが音をたてる。
ベルの音に少女の声が返事をし、こちらに近づく足音がする。店の裏からの長い黒髪を靡かせて少女が顔を出した。
いらっしゃいませ、と穏やかな笑顔と声でエミリオを出迎えたが、少女の瞼は降りたままーその少女は盲目だった。
足下には彼女を気遣うように寄り添う一匹の黄色い毛並みの犬。エミリオに挨拶するように一声鳴いた。
「…あ、エミリオね?久しぶり。元気だった?」
目が見えないぶん、他の器官は敏感に機能する。仕事用の顔ではない、あどけない笑顔を浮かべた。
「…ああ。変わりないか?ルナトーン」
「ええ。何も無さ過ぎて退屈なくらい」
カウンターを伝って声のするほうへ手を伸ばす彼女の手をエミリオは取った。
「昔よりも見えなくなっているんだろう?無茶はするな」
エミリオは取った手を導くように自分の方に引き寄せた。
彼女は小さい頃に患った病によって徐々に視力を奪われたのだ。
昔はよくこうやって彼女の手を引いて歩いたものだとエミリオは記憶を蘇らせた。
ルナトーンとエミリオの最初の出逢いは物心がつく前。
病弱だったエミリオの母・クリスにかわり、乳母の役割をしていたのがルナトーンの母親だったのだ。
つまり、二人は乳兄弟ということになる。
「大丈夫よ。昔ほどお転婆じゃなくなったもの」
「どうだかな」
「あっ信じてないでしょ!?あれから10年たってるんだよ?子供の頃と一緒にしないでっ」
「そうやってムキになるところは変わっていないな」
「エミリオこそ、意地悪なところは変わってないのね」
他愛ない言い合い。ルナトーンが堪えきれなくなったように笑いを漏らした。
ルナトーンとはエミリオが6歳になるまでは共に屋敷で暮らしていた。
エミリオの6歳の誕生日の日。
何も言わずに居なくなったルナトーンと彼女の母親を恨んだ時期もあったが、あれはヒューゴがやったことなのだと今ならわかる。
この街で偶然再会したルナトーンが母を亡くし、不自由な体で細々と生きていることを考えれば。
それ以降は、時間がある時にはこうしてルナトーンに会いにくるようになっていた。
「…今日も寒いのね。エミリオの手が冷たくなってる」
触れた手は外気の冷たさですっかり冷えてしまっていた。そんな彼の手を、ルナトーンは両手で包み込む。
「お前の手は暖かいな…」
「私の手で暖まるのもいいけど、お茶のほうが暖まると思うわ。ちょっと待ってて、少し早いけどお店閉めちゃうから」
ルナトーンはくすりと笑うと、エミリオの手を離して慣れた動作で扉へ向かった。
住宅街の小さな薬屋。店を訪れる客もだいたい決まっているようで、こうして早めに店を閉めることもあるようだ。
てきぱきと閉店作業を行うルナトーンだが、慣れているとはいえ見えない眼で作業している光景は見ていている者を冷や冷やさせる。
「…手伝おうか?」
「いいから座ってて!エミリオはお客様なん――」
「…っおい!足元に気をつけろ!」
「え……!?」
店先に出していた看板を片付けようと戸棚に向かったルナトーンだが、足元に無造作に置かれた脚立を見つけたエミリオは椅子から立ち上がり、駆け寄るが間に合いそうもない。
転ぶ――そうエミリオが思ったときだった
常にルナトーンのそばを離れずにいた黄色い毛並みの犬が動いた。
脚立とルナトーンの間に割り込み、ルナトーンが転ぶことを防いだのだ。
それを見たエミリオは安堵のため息をつく。
「ありがとう、リオン~助かったわ」
よしよし、とルナトーンは脚立とルナトーンの間に割り込んだ犬をなでた。なでられた彼女の犬は嬉しそうに尻尾を降っている。
彼女が言っている『リオン』というのは彼女の犬のことだ。
10年前に別れた彼女はエミリオと呼んでいる人物が現在リオン・マグナスと名乗っていることを知らない。
犬の名前についてルナトーンの聞いてみたところ、貰ったときからこの名前だったらしい。
「…危なっかしくて見てられん。手伝うぞ」
「ごめんね、驚かせて。大丈夫。リオンもいてくれるし、自分でできることはやりたいの。お願い」
「…………わかった」
「ありがとう。もうちょっとで終わるから待ってて」
ルナトーンは言い出したら聞かないことをよく知っているリオンは手伝うことをあきらめ、終わるまで見守るために椅子に座りなおした。
先ほどのやり取りから数分後、仕事を終えたルナトーンは満足げに”お待たせ”と笑った。
ルナトーンが淹れてくれた湯気の立つお茶に、エミリオは口をつける。
リンゴに似た甘い香りとほんのりとまろやかな味が疲れた体に染み渡るようだ。
「…どう?」
「あぁ、おいしいよ」
「よかった。気持ちが落ち着くハーブティーにしてみたの。疲れてるみたいだったから…」
「……お見通しか」
隠していた内心を言い当てられて、エミリオは苦笑した。
立て続けの任務とヒューゴからの圧力で心身共に疲れきっていた。表面には出していなかったのだが、ルナトーンには通じなかったらしい。
「やっぱりお城での仕事は大変なことも多いの?」
「……まぁ、な」
「そう……あれ?」
「どうした?」
「おかわりを用意しようと思ったんだけど…お茶っ葉が足りないみたい。取ってくるわ」
「……待て。僕も行く」
リオンのリードを手に取ったルナトーンの手をエミリオは掴んだ。
犬に嫉妬しているわけではないが、すべてを犬に頼られるとこっちは少し面白くない。
ルナトーンは何故エミリオがそんなことを言い出したのかわからず困惑顔だ。
「え?でも……」
「裏の倉庫へ取りに行くんだろう?それくらいなら僕とでも問題ないんじゃないか?」
「それは…そうだけれど」
「なら、行くぞ」
エミリオはルナトーンの手を取ると歩き出した。
こうしていると昔に戻ったような気がしてくる。
ルナトーンもそう思っているのか、表情は楽しげだった。
「ねぇ、エミリオ」
「なんだ?」
「……ここがエミリオにとって安らげる場所になっているなら、いつでも来てね。私は…ずっとここにいるから」
「言われなくても、そうするつもりだ」
彼女には敵わない。とエミリオは改めて思う。
どうしてこうも、こちらの気持ちは筒抜けなのだろう。
握る手に少し力をこめれば、応えるように握り返してくれた。
体はもう暖まっているのに、繋いだ彼女の手を暖かく感じる。
それはきっと、物理的な温度の差だけでなはい。僕が彼女のぬくもりを欲しているから。
冷えた心が暖かくなる。
僕の心を暖めることが出来るのは――ルナトーンだけだ
*あとがき*
季節に間に合うように作り始めたはずなのに、もうその季節が過ぎようとしている何故だ……!orz
春に変えようかとも思ったのですが、やっぱりこれは冬のほうが合う気がしてやめました。
まだ引っ張るのかわんこリオンネタ……って気もしますが書きたかったので楽しかったですv
余裕があればシャルも出したかったんだけど、無理だったなぁ…
(08/02/26)