隊長が怪我をした。あいつを…あんな奴を庇って怪我をした。

許せない
許せない
…許さない!

隊長の痛みを思い知れ――!

「――っ!?」
短剣が男の脇腹に突き刺さる感触。
私の頭上から驚きを含んだうめき声が聞こえた。
紅い液体を撒き散らして手から離れた短剣が床へ落ちる。
我に返った私が呆然と見守る中で、ユーリは空へと消えた。




隊長と私と月夜の蝶




ザウデ不落宮から戻って1週間。

私、ソディアが激情に任せてユーリ・ローウェルに手傷を負わせ、彼が空へ落ちてからそれだけの時間が流れた。
今だに彼は行方知れずのまま。

あれからフレン隊長の様子がおかしい。ぼんやりしていたり数少ない休みの次の日もどこか疲れた顔をしている。
ユーリがいなくなった事と関係があるのは明白だ。…つまり、私のせいだ。

重苦しい心情を必死に隠して城内を隊長とウィチルと歩く。通路の先にユーリと共に旅をしていたが騎士団の鎧を纏って歩いていた。
深緑のカラーリングは情報部のものだ。
…確か彼女はフレン隊長と同期で騎士団に入り、2年前に辞めたと聞いていたが…

「っ、!」
私の思考を遮って前を歩いていたフレン隊長がに気付いて駆け寄っていく。
声をかけられ振り向いたは気さくな笑顔を向けて手を振った。
「おーフレンおつかれー」

それなりに距離があるからか、二人の会話は途切れ途切れにしか聞こえない。
しかしある程度予測はできる。…おそらく、話題は彼のことだろう。

「どうしてこんなところに?」
エステルの頼まれ事の報告に。流石に城内を私服で歩くわけにはいかないし
確かにね。…エステリーゼ様の頼み事というのは…」
「察しがつくでしょ?ユーリの捜索だよ。リタの護衛のついでにジュディスとね」
「その顔を見ると……見つからなかったんだね」

隊長の声に落胆の色が混じる。私の予想は当たっているようだ。

まぁね。服の切れ端一つ見つからないよーほんとどこにいるのかしらあいつ」
そうだね…」
「…元気だしなよ、フレン。探しに行くならまた付き合ったげるから声かけてよ
うん…ありがとう。、僕は…そんなに、落ち込んでいるように見えるかい?」
「ぱっと見は変わらないけど、見る人が見れば明らかに覇気がない。軽くユーリに嫉妬しそう」

の発言に隊長は一瞬驚いたかの様に間が開いたがすぐにくすりと笑う声がする。

「ふふ、君がいなくなったら今以上に取り乱してるだろうね
「うむよし、ならば許す」

彼女も隊長の異変に気付いていたのか元気づけているように見える。
二人の間に流れる空気は和やかだ。
何故かその光景に胸が苦しくなった。

「…ねぇフレン」
「なんだい?」
「少しの間、ソディアを借りていい?」
が私の方を向いて隊長にそう尋ねるのが聞こえた。



「貴女はもう騎士団を辞めたはずでは…?」

隊長から数分の休憩時間を貰い、中庭に立つの背中に向けて私は疑問を投げかけた。彼女は私には視線を合わせず城内の景色を懐かしむように眺めながら答える。

「表向きはね。情報部では騎士団名簿に名前があると面倒なこともあるのよ。辞める気満々だったのに、ユルギス隊長がどーしてもって言うから、仕方なくね。バイトみたいなものよ」
「そ、そうですか…」
ユルギス隊長…その名は聞いた覚えがある。現在は情報部の隊長で、確かフレン隊長が入団したばかりの頃の隊の副隊長だったはずだ。もフレン隊長と同期だし、当時は同じ隊にいたのかもしれない。
今まで視線を合わせていなかったが、くるりと反転して私を見据えた。その鋭い視線に嫌な予感を感じ取った私は、思わず身構える。

「…さて、本題に入りましょう。あたしからフレンに知らされるのと自分で伝えるの。どっちがいい?」
どくん、私の心臓が跳ね上がる。
心当たりは一つだけだ。しかし、誰にも見られていないと思った。…そう思いたかった。

「な…何をでしょうか」
「とぼけないで。ザウデでアレクセイが死んだ時。物音を聞いて、そっちを見たら血のついた貴女の短剣が落ちててユーリが消えていた。皆それどころじゃなくて気付かなかったようだけど…ユーリは事故でいなくなったんじゃない。違う?」
さすが、現役時代から(いや、今も現役なのか)『月夜の蝶』という二つ名で呼ばれている情報部のエースだ。
彼女には、私が何をしたのかばれている。

「………っ!」
「確かにユーリは決して褒められることばかりしてる訳じゃないけど、私怨で人を刺したらそれは罪。彼と同じ…いいえ、彼以下よ。貴女が彼にいつも何を言っていたか…忘れたとは言わせないわよ」
まっすぐ私を断罪する瞳。
よりによってユーリの仲間に…それも、隊長の同期で仲の良さそうな彼女に見つかったのは私の行為の報いなのだろうか。

「わ、わかっています…!自分でも何故あんなことをしたのかわからないんです」
「…え、」
あの事を知られた以上、真実を話すしかない。自分の気持ちを素直に告げると、は虚を突かれたように瞬きをした後、長い溜息をついて頭を軽く振った。

「………………はぁ。ユーリが見つからなくてイライラして八つ当たりなんて、これじゃあたしも人の事は言えないな…」
「いえ。あなたのその感情は当然のことだ。加害者は私なのだから…」
「ふふ、貴族出身なのに特権意識や差別をしない貴女のその心意気は好きよ。ごめんなさい、さっき言ったことは忘れて。…でも、許した訳ではないわ」
「…はい」
「ひとつ、昔話をしてあげる。下町にいた2人の男の子の話。貧しかった2人はなんでも半分こにしていたそうよ。生きるために必要なパンも、初めて買った剣もね。」
「それは…」
名前を出さずともわかる。隊長とユーリのことだろう。隊長からは『友人』としか聞かされていなかったが…それだけ長い付き合いならば今までの隊長の行動も頷けた。
「竹馬の友、って言い方もあるでしょうけど、彼らの絆はそれ以上よ。大きくなって別の道を歩こうと、それは変わらない」
「…どうして私にそんな話を?」
「2人の事を知ってもらいたかったのよ。あたしにとって、ユーリもフレンも…大事な友人だもの。あたしは、ユーリは絶対生きてるって思ってる。貴女とも会うこともあるかもしれないわね。その時までに、気持ちを整理しておいて」
「…………」
じゃあね、と別れの言葉を告げては中庭を出て行った。私はしばらくその場に残り、の言葉を頭の中で繰り返していた。


***


の言葉に答えを出せないまま、日々の任務をこなしていたある日。
空を覆う怪物から逃れるために海へ出たギルドの船団の中で、帝国の保護を拒否した者たちがいた。それを放っておけなかった隊長と共に魔物に襲われた船団の護衛に付いた私たちだったが、数で劣る私たちは苦戦を強いられていた。
「隊長!このままでは…!」
「―――…………
「え…?」
ぎりぎり聞き取れるかどうかの音量で呟かれた名前。意図を掴みかねた私の困惑した顔に気付いたのか、隊長は視線を魔物の大軍に向けた。
「…このままでは全滅は時間の問題だ。ウィチルと2人で離脱し、救援を求めてくれ」
「し、しかし…!」
「ウィチル、頼んだぞ!」
「わかりました。行きましょうソディア」
「そんな…隊長…隊長――!」
私とウィチルを残し、隊長は魔物の群れへと向かって行った。隊長の命令通り、数名の部下を連れて大陸を脱出することに成功した。



「騎士団への救援は難しいですね。ギルドに救援を求めてみましょうか…気を確かに持ってください、ソディア。隊長なら――」
意気消沈している私を気遣い励ますウィチルの言葉に、“ユーリは絶対に生きている”と言ったの言葉がふいに蘇った。
「ギルド……ユーリ・ローウェル…」
「え、リタの話では行方不明って聞いてますけど…」
「奴はきっと生きている。隊長を救えるのは…悔しいが、奴だけだ」
己が刃を向けた相手に今度は助けを乞うなど、都合のいいことを言っているのは百も承知だ。
それでも、隊長を助けなければ―――その一心で、ユーリの捜索を開始した。


***


彼女の予言の通り、ユーリは生きていた。いつの間に合流していたのか、エステリーゼ様やを含めギルドメンバー全員が揃っていた。
しかし――――
「……時が経ちすぎた……隊長はもう……」
「――っふざけないで!諦めるなんて許さない!!」
、落ちつけ。…相変わらずつまんねぇ事しか言えない奴だな」
私に掴みかかろうとしたの腕をユーリが掴み、後ろに下がらせた。エステリーゼ様とリタ・モルディオがその後を引き継ぎ、を部屋へ連れていくのが視界の端に見える。
「な、なに!」
「諦めちまったのか?おまえ、何のために今までやってきたんだよ?」
「私は!私はあの方…フレン隊長の為に!あの時だって…」
「ふん。めそめそしててめぇの覚悟忘れて諦めちまう奴に、フレンの為とか言わせねぇ」
「覚悟…」
「それと、の前でそういう弱音は吐かないほうが身のためだぜ。おまえ以上にフレンに関しては見境ないからな」
ユーリはそう言い残すと、迷いのない足取りで仲間の元へ戻っていった。…ユーリに言われるまでもなく、気付いてしまった。あの時隊長が呟いた名前の意味と、先程のの焦りで我を忘れた顔を見た瞬間に確信した。

「………私は………」
そして、自分の気持にも。



「さて、物資補充の準備も出来たことですし、僕たちもヒピオニアに向けて――」
隊長の元へ戻る為の用意を整え終えた頃、街を出ようとしているユーリ一行が目に入った。
ユーリの態度は私が事を起こす前と殆ど変化がなかった。もちろん、隊長に危機が迫っていることもあるだろう。それを差し引いても、自分を殺そうとした相手を前に何故怒ることさえせずにこうして手を貸してくれるのか。
このまま何も言わずに行かせてはいけない。そう考えると、居ても立ってもいられなかった。
「…すまない、ウィチル。少しだけ待っていてくれ」
「?それは、構いませんけど…」
ウィチルに先に船へ向かうように告げると、夢中でユーリの後を追いかけた。



「ユーリ・ローウェル!何故だ!どうしてあの時のことを咎めない?私はお前を…」
「水に流したつもりはねぇ。けどな、オレは諦めちまった奴に構ってるほど暇じゃねぇんだよ」
ユーリの背中に疑問をぶつけた。彼は歩みを止めて振り返らずに私の問いに答える。彼が振り返らないのは、先程彼が言った通り『構っている暇はない』ということだろう。
「諦めてなど…」
「なら何で一人ででもフレンを助けにいかない?オレを消してでも守りたかったあいつの存在をどうして守りにいかねぇ!」
「私では……あの人を守れない…頼む…彼を…助けて……。お願い……」

ユーリの問いかけへの答えは我ながら情けないものだった。
そうだ。私はあの人を崇拝していたのと同時に恋をしていたのだ。

「言われるまでもねぇ」
「お願い……」

彼の目指す理想は素晴らしくて、困難なはずのそれを実現できると信じさせてくれる彼の人柄にに惹かれた。

「ああ、あんたの言うことでひとつだけ同意できることがあるぜ」
「?」
「オレは罪人。いつ斬られてもおかしくない。そしてフレンは騎士の鑑。今後の帝国騎士を導いていく男。その隣に罪人は相応しくない」

けれど彼は神様でも聖人でもないごくありふれた人間で。
好きな人だっているし、悪友に悪態をつくことだってあるのだ。

「………」
「オレはさしずめ、あいつに相応しいヤツが現れるまでの、ま、代役ってやつだ」
「ユーリ…」

それを私は許容できなかった。
だから彼と対極の位置にいながら彼に『友人』として扱われているユーリ・ローウェルという存在が憎かった。
ユーリを庇って彼が怪我をしたことが許せなかった。
そんな些細なことがあの衝動なのだとしたら、私の器はなんて小さいのだろう。
私の価値観を勝手に押し付けただけだったのだ。



***



魔物の大軍を退けた後ユーリに礼を言いに行った際、彼は誰にも言うつもりはないと言った。彼も以前の私が思い込んでいた人物とは少し違ったようだ。私も、彼に誠意を返さなければならない。

「…ウィチル、大事な話がある」
前日までは野原だった場所に街を造る…慣れないギルドとの連携に苦戦しながらも慌ただしく動いていたが、意を決して休憩時間にウィチルを呼び出した。
まずウィチルに事の顛末を説明し、その後正式に隊長へ謝罪をしに行く。これが私のけじめのつけ方だ。
すべて聞き終えた後のウィチルの一言は、驚きつつも事実を確認するものだった。
「ソディアが…ユーリを刺した…本当、なんですね…?」
「ああ、間違いない」
「隊長は規律に厳しい方ですよ。もし話せば…」
「厳罰は免れないだろう。ついカッとなったとはいえ、隊長の友人に傷を負わせたんだ。謝罪しなければならない。…だから、もしも私が除隊になったら…」
「嫌ですよ。僕は今のフレン隊が気に入ってるんです。どうにかして隊長を説得してください」
フレン隊長の事を頼む、そう言いたかったのがウィチルにはわかっていたのだろう。私の言葉を遮って、ささやかな激励をしてくれた。
ウィチルに見送られながら、隊長の元へと向かう。震える腕を叱咤して隊長がいる部屋の扉を叩いた。


「…騎士にあるまじき行為、隊長の友人に対する無礼な行い…そして報告が遅れたこと、本当に申し訳ありませんでした」
騎士団に宛がわれた部屋の一室、執務机に座る隊長にすべてを話し終えて深々と頭を下げる。顔を上げる勇気はなかったから、視線は床に向いたままだ。
そうか…と静かに呟いた後の隊長の言葉は、私にとって予想外のものだった。

「…なんとなく、そうじゃないかと思っていた」
「な……では、何故今まで何も言わずにお側に置いてくださったのですか?」
驚いて思わず顔を上げたことで、穏やかな顔で私を見ていた隊長と視線がぶつかった。
「君なら…こうやって打ち明けてくれるだろうと信じていたからだよ」
「隊長…」
「ユーリはそんな簡単に死ぬような玉じゃないしね。彼は少し痛い目を見て自分の立ち位置を自覚するべきだった。」
問い詰めるでもなく、私の気持ちの整理がつくまで隊長は待っていてくれていたのだ。しかしそれは、私とユーリを信用していないと到底出来ないことだろう。
隊長は執務机の椅子から立ち上がり、窓の外で作業を続ける人々を眺めながら話を続けた。

「ユーリも戻ってきたし、君からの救援に彼が答えたということは彼も君を咎めるつもりはないんだろう?けじめをつけるために、僕にも謝罪してくれた。なら、それでいいじゃないか」
「では、この件についての処罰は…」
「…強いて言うなら、今、かな。これからも、僕の副官として働いてもらう。いいね?」
窓際から視線を私に戻した隊長にそう問われて、決壊しそうになる涙をこらえて私は首を縦に振った。なんて…なんて光栄なことだろう。
「…はい!あのような事は二度としないと誓います!」
「それじゃあ、改めてよろしく、ソディア」
「こちらこそよろしくお願いします、隊長。それと…不躾だとは思いますが一つ聞いてもよろしいですか?」
「なんだい?」
隊長と握手を交わした後、どうしても確かめたい事があった。あの時隊長が零した名前の意味。それは、私が予想した通りのものなのか…私の気持にもけじめをつけるために、隊長の口から聞いておきたかった。

「隊長は…とお付き合いされているのですか?」
「え!?そう、だけど…そうか、話していなかったか」
「はい、隊長は聞き上手ですから。あまりご自分のお話はされませんね」
「話題にしてしまうとね…つい、時間も場所も顧みずに会いたくなってしまうんだ。だから、任務の間は考えないようにしているんだよ」
気恥ずかしそうに目を伏せる隊長は普段とは別人のようだ。
女としてはに完敗だった。これだけ愛されている相手に勝てる気がしない。いや、私の入る余地など、最初からなかったのだ。だからせめて―――

「彼女に伝えてください。任務の間の隊長の背中は、私にお任せください、と」
「…わかった、伝えておくよ」
隊長は二人の間に何かあったことを悟ってくれたようで、快く頷いてくれた。
私のこの想いは伝えることはないだろうけれど、優し過ぎるこの人の副官として精一杯支えていこうと心に誓った。




*あとがき*
という訳で、2部終わりから3部のソディアさん視点でした。公式小説とかでやってくれるかな〜と期待したんですがなさそうなので自分で書いた。(夢仕様なのは趣味です←)
私はユーリとフレンどっちも好きだし、フレン好きだからこそ余計にこの頃のソディアにイラッっとしてたんですよ。ちゃんとけじめつけたのかお前みたいなね(笑)なので、こんなソディアなら許せる…っていうのを書いたつもりです。そしたら思った以上に長くなったよ。これでもだいぶ削ったんですよ…お陰で後半夢主喋ってない\(^o^)/
(2012/03/28)
おまけ↓



ユーリ「で、お前が引下がった本当の理由は?」
「あのまま全てを黙認するようなら、フレン隊の副隊長なんて任せられないと思ってたけど…」
ユーリ「何たってお前の大事な彼氏様だもんな?お熱いことで。」
「うるさい茶化すな。それで、さっきフレンと話してきたけど、向こうも薄々勘付いてるようだし、ユーリの言った通りけじめをつけるならそのままでもいいかなって」
ユーリ「なるほど、仕事上の部下の位置は譲ってやる、と。」
「ユーリィ?いい加減にしないと本気で怒るよ」
ユーリ「照れ隠しに怒るも可愛いな」
「……ソディアに刺されたのはどこだっけ?もっかい刺してあげよっか?」
ユーリ「(からかい過ぎたか)………それはマジでシャレになんねぇからやめてくれ」
※因みに、この夢主さんはお題の「欲しくなるもの」と同じ子です^^